震えた。体が震えた。映画を見て体が震えるくらい感情が高ぶったのは久々でした。その映画が『レスラー』です。ヴェネチア国際映画祭の金獅子賞を取ったり、アカデミー賞の主演男優賞と助演女優賞にノミネートされたりしたので、ご存知の方も多いと思いますが、ミッキー・ローク主演のプロレスを題材にした映画です。
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ミッキー・ロークは、『ランブル・フィッシュ』での伝説のバイクボーイ、『ナイン・ハーフ』での氷を使ったベッドプレーをするカサノバ、『エンゼル・ハート』での悪魔に魅入られた私立探偵など、80年代には時代の寵児と言えるほどの活躍を見せていましたが、その後ボクシングにのめり込み、猫パンチで失笑を買った後はこれといった作品にも巡り会えず、スクリーンで見る機会も無くなっていました。そんな彼が見事な復活を遂げたのがこの作品です。
映画自体がかつての人気プロレスラーの凋落を描いたものなので、色々な映画のレビューでも彼の人生の浮き沈みに重ね合わせた評論が多いのですが、そんな情報はある意味余計であると思います。あまりうまくは言えませんが、僕はスクリーンの中の彼に、役者の演技を越えた一つの「男の生き様」の形を見た気がします。それだけ、真に迫った演技をしています。僕には出来ない生き方だし、多くの方にとっても真似が難しい生き方ですが、ある種の人達は本当にこういう生き方をしており、その生き方にとてつもない魅力を感じている人達がいる。そういう事をひしひしと感じさせてもらった映画でした。
僕がかつてプロレスをよく見ていた時は、初代タイガーマスクと数々の名勝負を演じたダイナマイト・キッドが大好きだったのですが、骨折のために体中にボルトを埋め込み、かつてのステロイド剤の大量投与により今は車椅子生活を余儀なくされている彼の事を頭に思い浮かべながら映画を見ていました。
映画のラストで、ミッキー・ローク演じるランディーは、リングという「職場」であり「戦場」であり「舞台」に、観客という「家族」がいる「家庭」を見出しました。リングの外での彼は、小さい頃に絶縁状態となった愛娘との関係修復に失敗し、彼が思いを寄せるストリッパーとの関係も崩してしまい、絶望のどん底のはずですが、自らの命を投げ出すことが判っていながらも、リングサイドにいる多くのファンの待つリングに上がり、最後の輝きを見せます。20年前の名勝負を演じたライバルとの再戦を見に来たずっと彼を応援し続けてくれた人達などが大勢詰めかけました。かつてマジソン・スクエアー・ガーデンを埋め尽くした観客数には程遠いですが、彼を愛してくれている多くの人達は、ランディーにとっての「家族」だったのだと思います。
映画の中でも描かれていますが、プロレスは相手を倒すための格闘技ではなく、観客にいかに喜んでもらえるかを考えて行なわれるショーです。当然相手とは事前に段取りのための打ち合わせはします。しかし、相手の危険な技を受け止めるための猛烈なトレーニングは欠かせませんし、肉体の見栄えを良くするためのステロイド剤の投与や、痛み止めの常用、日焼けサロン通いも必要です。それもこれも、お客さんを喜ばせたいがための行為ですし、それを八百長と言って見下す事が憚られるだけの、身を削った努力があります。
ランディーがハンディーキャップのある馴染み客に声をかけるシーンや、悪役を打ちのめす為にランディーに義足を差し出す観客なども描かれていますが、これらの人達は、自分では決してなることができない肉体的に強いヒーローに自己を投影し、リングの上に強い自分を見出し、厳しい現実の中でのほんのわずかな息抜きをしているのだと思います。その他の多くのファンも、多かれ少なかれ、そのような気持ちを持っているような気がします。だから、レスラーとファンとの絆が強まり、擬似家族のような関係が構築されるのだと思います。
映画のほとんどはハンディーカメラで撮影されており、映像がかなり揺れるので、はっきり言って少し見にくいです。しかしそのカメラで何度も何度も執拗に追うランディーの後姿に、その時々のランディーの心情がよく現れています。これほど背中で演技させる作品を僕は知りません。
プロレスだけでは生活できないので彼が働くスーパーマーケットで雇ってもらった主任らしき人物に「ラムジンスキー」と本名で呼ばれるも、「ランディーと呼んでくれ」と自らのリングネームで呼ぶことを求めるシーン、彼の住むトレーラーハウスで近所の子供と自分をモデルにしたテレビゲームを一緒にするものの、その子は最近流行のゲームの事を熱心に語りさっさと家に帰っていくシーン、冬のコニーアイランドのボードウォークを娘と二人で歩きながら心の距離を縮めていくシーン、廃墟となり鍵のかかったダンスフロアのドアを、娘が父親張りのストンピングで蹴破ることにより絶縁状態であったにもかかわらず実は父親のことが大好きであった事が垣間見れるシーン、ランディーが思いを寄せるストリッパーが、少したるみ始めている体ゆえいくら踊っても男性客からのチップをもらえず、自分にも心の支えになる人(ランディー)が必要であることに気付くシーンなど、心情描写が巧みです。この作品を撮ったダーレン・アロノフスキーはいい監督だと思います。
エンディングロールでは、ミッキー・ロークの友人のブルース・スプリングスティーンが彼のために無償で提供した「The Wrestler」という曲が流れます。この曲が主人公の生き方そのものを歌っていてなかなかいいんです。彼の『Working on a Dream』というアルバムのボーナストラックとして入っているようです。


Working on a Dream
最後になりますが、この映画、観客に特徴がありました。それは、観客の8割は男性客だったこと。しかも40代以上が圧倒的でした。かつてのプロレスファンの方は絶対損をしませんから、まだの方は是非ご覧下さい。
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